起業家の種
← コラム一覧に戻る
👥 人事・労務

固定残業代(みなし残業)の導入リスクと適正な運用ルール

2026-03-12
⚖️ 人事・労務|賃金体系の適正化ガイド2026

固定残業代(みなし残業)の導入リスクと適正な運用ルール|違法になる5つの基準と就業規則の正しい書き方

最高裁判決で無効とされた 5 違法判断の典型パターン
違法判定時の差額請求 2 遡及請求リスク(改正前2年・改正後3年)
適正運用の必須要件 4条件 最高裁の明示基準に基づく

結論:固定残業代(みなし残業)は合法的な制度ですが、「明確区分性」「対価性」の2つの要件を満たさない場合、最高裁判決で全額無効とされるリスクがあります。無効とされると、過去2〜3年分の残業代が未払いとして一括請求される可能性があります。

厚生労働省の賃金不払い残業是正指導(2025年度集計)では、是正指導を受けた企業の約3割に固定残業代の運用問題が関与していたとされています。「なんとなく導入した」「求人票に書いただけ」という状態は非常に危険です。本記事では、最高裁判例が示した適法要件・違法になる5パターン・就業規則の正しい書き方・2026年時点での実務対応を完全解説します。

固定残業代(みなし残業)とは——制度の基本と法的根拠

固定残業代(みなし残業制・定額残業代とも呼ばれます)とは、実際の残業時間に関係なく、あらかじめ決まった金額を残業代として毎月支払う賃金体系です。法律上の明示的な規定はなく、最高裁判例の積み重ねによって適法性の基準が形成されています。

【根拠条文】労働基準法第37条(時間外・休日・深夜の割増賃金)が残業代支払いの義務を定めています。固定残業代はこの支払義務を「定額で事前に充足する」形式です。同条の要件(割増率:月60時間以内は25%以上、60時間超は50%以上)を実質的に満たさなければなりません(厚生労働省「固定残業代に関する基本的な考え方」)。
【経営者にとってのメリット】①賃金計算が毎月定額で安定する ②採用時に給与提示がしやすい ③一定の残業管理コストを削減できる——ただしこれらのメリットは、適正に運用した場合のみ得られます。
⚠️ 重要な前提認識:固定残業代は「残業させ放題の免罪符」ではありません。固定残業代で想定した時間数(例:40時間分)を実際の残業が超えた場合、超過分は必ず追加で支払う義務があります(労働基準法第37条)。これを知らずに運用している経営者が後で多額の差額請求を受けるケースが後を絶ちません。

最高裁が示す「適法な固定残業代」の4要件——判例ベースの実務基準

最高裁判所は複数の判決(テックジャパン事件・最高裁平成24年3月8日、日本ケミカル事件・最高裁平成30年7月19日等)を通じて、固定残業代が有効と認められるための要件を明確にしています。

要件① 明確区分性——基本給と残業代が明確に区別されていること

賃金全体のうち、どの部分が「固定残業代(何時間分の残業に対する対価か)」なのかが雇用契約書・給与明細・就業規則のいずれかで明確に示されている必要があります。「基本給に含む」「諸手当込み」という曖昧な記載では要件を満たしません。日本ケミカル事件最高裁判決(平成30年7月19日)は「時間外労働等に対する対価として支払われるものと認められるか否か」を基準として示しました。

要件② 対価性——実際の割増賃金計算額を下回らないこと

固定残業代の金額が、実際に発生した残業時間に対して労働基準法第37条が定める割増率(月60時間以内は25%以上)で計算した金額以上でなければなりません。「月40時間分として5万円を支払う」と定めていても、実際の計算額が6万円であれば1万円の差額が未払いになります。

要件③ 超過払い義務——想定時間を超えた場合の追加払い規定があること

固定残業代で想定した時間数(例:40時間)を実際の残業が上回った場合、超過分を必ず追加支払いする旨が就業規則・雇用契約書に明記されている必要があります。「固定残業代で残業代はすべて込み」という記載は違法です。

要件④ 同意の明確性——労働者が内容を理解して合意していること

雇用契約時に固定残業代の仕組み・想定時間数・超過時の追加払いについて労働者に説明し、書面で合意を取得している必要があります。口頭説明のみ・サインのない契約書は後のトラブルで経営者に不利に働きます。

判例・行政指導から学ぶ「違法になる5つのパターン」

起業家の種のシステムに登録された事業者の労務相談事例で最も多かった固定残業代の問題を、最高裁判例・労働基準監督署の指導事例をもとに5つに整理しました。

パターン① 基本給に「含む」と書いただけ——明確区分性なし

❌ 違法記載例:「基本給250,000円(残業代含む)」「月給300,000円(諸手当込み)」

最高裁は「基本給の中に時間外割増賃金が含まれているとする合意は、その部分が基本給の中でいかなる趣旨・根拠によるものかが明確でなければ有効とはいえない」(テックジャパン事件・平成24年)という判断を示しています。固定残業代は基本給とは別に「時間外手当:○○時間分・○○円」として明確に分離して記載することが必須です。

パターン② 時間数が不合理に多い——80〜100時間超の固定残業代設定

❌ 違法設定例:「固定残業代:月100時間分として5万円」

過重労働・健康障害のリスクを内包する過大な時間数設定は、公序良俗違反(民法第90条)として無効とされる可能性があります。また時間外労働の上限規制(労働基準法第36条・2019年4月施行。月45時間・年360時間が原則上限)に反する実態を前提とした設定は違法です。月20〜45時間の範囲内での設定が実務上の目安です。

パターン③ 固定残業代の金額が計算上の割増賃金額を下回っている

❌ 計算ミス例:時給換算すると月40時間分の固定残業代が実際の割増計算額に満たない

よくあるケース:月給30万円・所定労働時間160時間・固定残業40時間分として3万円を設定。計算すると時給1,875円×1.25×40時間=93,750円が正しい固定残業代額。3万円では大幅に不足しており差額の未払いが発生します。正確な時給換算は下記の計算フローで必ず確認してください。

パターン④ 超過払いの記載がない——「固定残業代で残業代はすべて完了」

❌ 違法記載例:「固定残業代40時間分・50,000円(残業代はこれ以上支払わない)」

固定残業代の想定時間を超えた実際の残業に対して追加払いを拒否することは、労働基準法第37条に違反します。就業規則・雇用契約書に「固定残業時間を超えた分は別途精算する」旨を必ず明記してください。

パターン⑤ 求人票だけに記載・雇用契約書への反映なし

❌ よくあるミス:ハローワーク求人票に「固定残業代30時間分」と記載したが、雇用契約書には記載なし

求人票の記載だけでは固定残業代の合意とは認められません。雇用契約書・労働条件通知書に固定残業代の金額・時間数・超過払いの規定を明記し、労働者の署名を取得することが必須です(労働契約法・労働基準法第15条)。

適正な固定残業代の計算フロー——今すぐ自社を点検

📐 固定残業代の正しい計算式(労働基準法第37条ベース)
STEP 1:時給換算額を計算する 時給換算額 = 月給(基本給+職務手当等) ÷ 月所定労働時間数

※ 月所定労働時間数の目安:年間所定労働日数×8時間÷12ヶ月(例:240日×8h÷12=160時間)

STEP 2:1時間分の割増賃金額を計算する 割増賃金単価 = 時給換算額 × 1.25(月60時間以内)
STEP 3:固定残業代の最低必要金額を計算する 最低必要固定残業代 = 割増賃金単価 × 想定残業時間数
📝 計算例(月給30万円・月160時間・固定残業40時間想定)
時給換算額 300,000円 ÷ 160時間 = 1,875円
割増賃金単価 1,875円 × 1.25 = 2,344円(1円未満切捨て可)
40時間分の最低固定残業代 2,344円 × 40時間 = 93,760円

⚠️ 月給30万円で40時間固定残業代を設定するなら最低93,760円が必要です。「3万円で40時間分」では大幅に不足しています。

就業規則・雇用契約書の正しい記載方法——コピー可能なテンプレート

以下は厚生労働省「モデル就業規則(2024年改訂版)」の考え方に沿った記載例です。そのまま参考にしてください。

✅ 就業規則・雇用契約書への記載テンプレート
第○条(固定時間外手当) 1. 会社は、毎月の時間外労働に対する割増賃金の一部として、 固定時間外手当(○○円)を毎月の給与に含めて支払う。 この固定時間外手当は、1か月○○時間分の時間外労働に 対する対価として支払うものとする。 2. 1か月の時間外労働時間数が前項の○○時間を超えた場合、 超過した時間に対する割増賃金を翌月の給与支払日に 別途支給する。 3. 固定時間外手当の額は、労働基準法第37条に定める 割増賃金の計算方法に従い算出した金額を下回らない ものとする。
⚠️ 絶対に入れてはいけない記載:「固定残業代の支払いをもって時間外割増賃金の支払いは完了し、それ以上の支払いは行わない」「実際の時間外労働の有無に関わらず固定残業代は返還しない」といった一方的な免除条項は、労働基準法に違反し無効となります(同法第13条)。

違法とされた場合のリスク——遡及請求・付加金・刑事罰まで

リスク① 過去の未払い残業代の一括請求(2〜3年分):労働基準法上の賃金請求権の消滅時効は2020年4月の労働基準法改正により、当分の間は3年(改正前は2年)とされています(労働基準法第143条・附則143条)。退職後の元従業員から3年分の差額を一括請求されるケースが増加しています。
リスク② 付加金の支払い命令(未払い額と同額):労働基準法第114条により、裁判所は未払い残業代に加えて同額の「付加金」支払いを命じることができます。つまり最大で未払い額の2倍を支払わなければならないリスクがあります。
リスク③ 労働基準監督署による是正勧告・刑事罰:労働基準法第37条違反は刑事罰の対象(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)です。是正勧告に従わない場合、書類送検に至るケースもあります(労働基準法第119条)。
リスク④ 求人票虚偽記載による行政指導:2018年の職業安定法改正により、求人票への虚偽記載・固定残業代の不明確な記載に対する行政指導が強化されています(厚生労働省・ハローワーク)。求人票に固定残業代を記載する場合は「固定残業代:月○時間分・○○円(超過分は別途支給)」の形式が義務的となっています。
📋 就業規則の整備・賃金体系の見直しをシステムで管理:固定残業代の設定から就業規則の整備・勤怠管理まで、起業家の種(起業の森)のSaaSツールで一元管理できます。
🚀 無料会員登録|賃金体系の整備を今すぐ始める →

よくある質問(FAQ)

Q 実際の残業がゼロの月でも固定残業代は支払わないといけませんか?
A 原則として支払い義務があります。固定残業代は「最低でも○○時間分の残業をさせる保障賃金」ではなく、「残業が発生した場合の前払い」という性質を持ちます。ただし就業規則や雇用契約書に「実際の時間外労働がゼロの場合は固定残業代を返還する」旨を定めていれば、残業がゼロの月の相殺処理が可能なケースもあります。この設計をする場合は必ず社会保険労務士や弁護士に確認してください。
Q 管理監督者(いわゆる管理職)にも固定残業代は必要ですか?
A 労働基準法第41条の「管理監督者」に該当する場合、時間外・休日労働の割増賃金支払い義務(深夜は除く)が適用されないため、固定残業代の設定は不要です。ただし「管理職」という名称があっても実態で判断されます。「名ばかり管理職」(労働条件・勤務実態が一般社員と同等の場合)は管理監督者と認められず、残業代支払い義務が生じます。厚生労働省の「多店舗展開する小売業、飲食業等の管理監督者の範囲の適正化について」(2008年)が判断基準を示しています。
Q 今の固定残業代設定が違法かもしれない場合、どう対処すればいいですか?
A ①まず現行の固定残業代金額が計算上の割増賃金額を下回っていないか確認します。②下回っている場合、差額の未払い期間(最長3年)を計算し、自発的な支払いを検討します(是正勧告前の自主対応はリスクを大幅に下げます)。③就業規則・雇用契約書の記載を今後に向けて修正します。④社会保険労務士・弁護士への相談を必ず行ってください。自主是正をした記録が残っている場合、監督署からの指導があった場合のリスクが軽減されます。
Q 固定残業代の時間数の上限はいくつですか?
A 法律上の明示的な上限は設定されていませんが、時間外労働の上限規制(労働基準法第36条・2019年4月施行)により、原則月45時間・年360時間が上限です(36協定特別条項でも月100時間未満・年720時間以内)。実務上は月20〜45時間の範囲内での設定が推奨されます。月80時間超は過労死ライン(脳・心臓疾患の労災認定基準・厚生労働省)に近接し、固定残業代の有効性とは別に健康安全配慮義務違反のリスクが生じます。
📌 まとめ|「なんとなく導入」をやめ、今週中に4点を確認する

適法な固定残業代の4要件:

明確区分性——基本給と固定残業代が書面で明確に分離されているか
対価性——計算上の割増賃金額を固定残業代が下回っていないか
超過払い規定——想定時間超過分の追加払い条項が就業規則に記載されているか
同意の明確性——雇用契約書への署名・説明記録が残っているか

起業家の種(起業の森)では、就業規則の整備・勤怠管理・賃金体系の見直しをシステムでサポートしています。

【参照出典】
・最高裁判所「テックジャパン事件」平成24年3月8日判決(労働基準法37条・固定残業代の明確区分性)
・最高裁判所「日本ケミカル事件」平成30年7月19日判決(固定残業代の対価性の判断基準)
・労働基準法第37条(時間外・休日・深夜の割増賃金)・第114条(付加金)・第119条(罰則)・第143条(時効の経過措置):e-gov.go.jp
・厚生労働省「固定残業代に係る裁判例等」:mhlw.go.jp
・厚生労働省「モデル就業規則(令和6年改訂版)」:mhlw.go.jp
・職業安定法第65条(求人票の虚偽記載禁止)・厚生労働省「求人票の適正化に関する取組み」

会員登録すると記事を読むたびにEXPが貯まります!

🌱 無料で始める

起業家の種 SNS

起業家が知るべき最新の法改正・制度変更

すべての法務アップデートを見る →
SHARE THIS PAGE

このページを友人・仲間にシェアしよう

SITEMAP

起業家の種 サービス一覧

すべてのサービス・コンテンツを一覧でご確認いただけます